「働く」ことを考える課

「働く」ことに悩んでいる人たちに、少しでも勇気や元気を持ってもらえるように、「働く」ことを前向きに、そして色々な視点で考えていきます。

「鉄人」衣笠祥雄さんが死去、その衣笠さんのお人柄から学ぶこと

time 2018/04/24

「鉄人」衣笠祥雄さんが死去、その衣笠さんのお人柄から学ぶこと
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【「鉄人」衣笠祥雄さんが死去、その衣笠さんのお人柄から学ぶこと】

 

鉄人のひとり言

【「鉄人」衣笠祥雄さんが死去】

「鉄人」とよばれた衣笠祥雄さんが、71歳で亡くなりました。

平成30年に入ってから、星野仙一さんと言い、今回の衣笠祥雄さんと言い、偉大なプロ野球選手が亡くなられたことを、本当に残念に残念に思います。

特に衣笠さんは、「鉄人」と呼ばれていただけに、まさか!という感じです。

最近まで、野球解説者として活躍されていたのに、本当に信じられません。

 

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【「鉄人」衣笠祥雄さんの記録】 

その衣笠祥雄さんの記録を振り返りたいと思います。

衣笠選手は広島東洋カープに所属し、弱小球団だった広島東洋カープでしたが、衣笠選手などの活躍で、1970年代には「赤ヘル軍団」として旋風を巻き起こしました。

衣笠選手の個人としての、主な記録は以下の通りです。

連続試合出場:2215試合(日本記録・世界第2位記録)

通算安打:2543本(歴代5位)

通算本塁打:504本(歴代7位)

そして史上3人しかいない500本塁打、200盗塁(他は張本勲と山本浩二)を達成し、更に山本浩二と衣笠祥雄のアベック本塁打のYK砲は86本で、巨人の王貞治と長嶋茂雄のON砲の106本に次ぐ、プロ野球史上第2位です。

そして王貞治に次いで、プロ野球選手として二人目の国民栄誉賞を受賞しています。

また衣笠選手は、通算死球数が161個と、歴代3位の記録です。

死球がこれだけ多いのに、選手生命が長いのは、それだけ身体も精神も強いということだと思います。

まさに鉄人です。

 

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【「鉄人」衣笠祥雄さんのエピソード】

その衣笠選手が連続試合出場を続けていた試合で、巨人の西本聖投手からデッドボールを受けました。

左肩を骨折し、全治2週間という診断を受けました。

ところが翌日の巨人戦、衣笠選手は代打出場したのです。

結果は、江川卓投手に三球三振でしたが、その打席は、何と三球ともフルスイングだったのです。

その試合後の衣笠選手のコメントです。

1球目はファンのために、2球目は自分のために、3球目は西本君のためにスイングしました。」

 

何と、デッドボールを食らった西本投手にまで気遣ったコメントです。

まさに衣笠さんのお人柄が表れているエピソードです。

また通算161個のデッドボールを受けた衣笠選手ですが、常に笑顔で一塁に走っていました。

本当に衣笠選手の人としての大きさを感じます。

そしてその衣笠選手のお人柄は、誰からも愛されていました。

 

カープ愛。 広島はなぜ「人作り」が優れているのか――76の思考

 

【通算死球数1位は清原和博選手】

ちなみに通算死球数の1位は、清原和博選手の196個です。

その清原選手から、以下のようなコメントが聞こえてきそうです。

 

おうワイや。清原や。

ワイは、デッドボール食ろうて、よう怒っとったで。

ピッチャーにバットも投げたし、殴りかかりもしたわ。

その点、衣笠さんは偉いで!

これだけデッドボール食ろうても、1回も怒ったことあらへん。

怒るどころか、いつも笑顔や。

笑顔で、「かまん、かまん」みたいに手を振りながら、一塁に走っていくんや。

ホンマに出来た人間や。ホンマに心が大きいで。

ワイとはえらい違いや。

見習わなあかんわ。

ホンマに惜しい人を亡くしたわ。

ホンマに残念やわ。

 

※あくまでも私の想像のコメントです。

 

清原和博への告白 甲子園13本塁打の真実 (Sports Graphic Number Books)

【「鉄人」衣笠祥雄さんのコメント】 

また衣笠選手が、連続試合出場を達成したときのコメントです。

「私に野球を与えてくださった神様に感謝します。」

 

「私に〇〇を与えてくださった神様」と言える「〇〇」を、私たちは持っているでしょうか。

これもなかなか言えない言葉です。

 

赤ヘル偉人伝 ~広島カープ黄金戦士かく語りき

 

【「鉄人」衣笠祥雄さんのお人柄から学ぶ】

今回は、衣笠祥雄さんのエピソードやコメントを振り返り、そのお人柄から改めて色々な学びや気付きをいただくことが出来ました。

衣笠さんは、本気で野球を愛し、本当に誰からも愛され、慕われ、そして偉大な記録も残したすごい人でした。

本当に学ぶことが多い方でした。

 

私たちも、本気で仕事を愛する気持ちを持ち、そして仕事の仲間や相手を気遣う人柄などを持ちたいものです。

そして衣笠さんのように、仕事仲間から愛され、慕われる人間になりたいものです。 

 

衣笠祥雄さん、本当にお疲れ様でした。

そしてありがとうございました。

衣笠祥雄さんのご冥福をお祈りします。

 

初優勝 PLAYBACK1975.10.15―広島東洋カープがもっとも燃えた日。

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